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名大関、逝く…
二子山親方が死去=人気大関、「若貴」を横綱に育成-大相撲
 大相撲の元人気大関で、現役引退後は師匠として若乃花、貴乃花の実子2人を史上初の兄弟横綱に育て上げた二子山親方(本名花田満=はなだ・みつる)が30日午後5時40分、入院先の東京都文京区の病院で死去した。55歳だった。今年2月、「口腔(こうくう)底がん」であることが公表され、闘病生活を送っていた。(時事通信)
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彼の現役時代(大関貴ノ花)は覚えている。しかし、俺が相撲を見始めた頃は、
北の湖全盛時代。北の湖に、若乃花(二代目)がたまに競り勝っていた頃。
輪島はもう晩年。同様に、貴ノ花も晩年を迎えていた頃だった。
なんとか8~9勝で勝ち越していた状態。それでも、相撲に興味があった俺は
「大相撲大百科」とか買って読んでいたので、貴ノ花の偉大さは感じていた。

引退後は藤島親方となり、「若貴兄弟」を育て上げたのは、あまりにも有名。
この頃は、猫も杓子も「若貴フィーバー」だったなぁ。
大相撲のチケットがプラチナチケットとして、崇め奉られていた。
大横綱となる貴乃花を、兄・若乃花が見守りつつ、自分も強くなっていく姿に
感動の気持ちで見ていたファンも多かったでしょう。
その頃、相撲熱が一般レベルになっていた俺でも、この兄弟と曙達ライバルの
出世争いは興味深く見ていた。

しかしその後、若乃花は「二流タレント・花田勝」になり、貴乃花は女優との
婚約破棄やら洗脳騒動やら家族との不仲説やら、ワイドショーネタの数々…。
結果的には、大横綱となって、父の部屋を継ぐ立派な跡取りになったが、
そうなると、父自らが憲子夫人との離婚劇というワイドショーネタになり…。
そんな失意のまま、二子山親方は今日亡くなられた。あまりにも早過ぎる死。

若貴を失った大相撲界は、人気が停滞したまま。二子山親方も角界No.2の
地位に着く身として、気に病んでいたに違いない。
大関貴ノ花は、晩年ケガが多かったが、名大関として簡単に負け越すような
ことは無かった。今の大関陣は…誰がいたっけ?と思うほど。負け越しても、
大関陥落しても、ほとんど騒がれない状態。
プロ野球人気も深刻だと言われているが、大相撲人気はもっと深刻だと思う。
何百年も続いた日本の伝統。この時代で壊れる姿は見たくないのだが…。
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by fallgoat | 2005-05-30 22:05 | 世間のデキゴト


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